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楽しいライブとは

あぁ・・・、楽しいなぁ・・・


演奏中に こう思えるって幸せです。

こういう日は、家に帰ってからも しばらく余韻が続くもので


ほんっとに楽しかったなぁ・・・


と、しみじみ。

個人的な反省点はあるにせよ、こういうときは 

あんまり考え込みたくなくなります。


ただただ、「最高に楽しかった」記憶を瞬間冷凍保存して

いつでも解凍してすぐ思い出せるように。


いま、SF旅行記をゆっくり作っておりますので、そちらも気長に

楽しみにしていただけるとありがたいのですが・・・(笑)、

いつも一緒に演奏してくれる仲間がいてくれるって

本当に幸せなことなんだなぁ・・・って、

つくづく感じたのですよ。

アメリカで。


いやいや日本でも、そう思っていたのではありますが、

あらためて、しみじみとね。


先日の自己トリオ・ライブも、strandbeestのライブも。


目では譜面を追いながら

頭の中は空っぽにして

心は常にニュートラル

耳から入った音楽が

指で言葉に変換されて

ピアノの上で踊ってる

至福のリズムのシャワーを浴びて

五臓六腑も震えて踊る


本当に楽しい瞬間の記憶は、実はほとんど無いのです。

なぜならば、本当に頭の中が空っぽの状態だからです。


カラッポの空洞に、音とリズムがドドーッと流れ込んでくる。

まるで耳から無数の触手が生えたように、自然と手足が動きはじめる。

そして体全体を使って、打ち寄せた波に乗ってみたり、返してみたり。

時に激しく、時に優しく。


人間のままなのか、それとも何か他の生物になっているのか、

自分ではわからない。

背中には羽が生えていたりする時もある。

目には見えない羽が。


こういう感覚はたまらない。

このために生きてると言ってもいい。

ちょい大げさか。

でも、この瞬間があるから、毎日の退屈な練習が我慢できるんだと思う。


もちろん、こんな瞬間は毎回訪れるわけではない。

特別なんだと思う。

同じメンバーとなら、毎回味わえる、というものでもない。

本当に気まぐれに、突然やってくるのだ。

でも、まったくの偶然というわけでもない。

やはり根拠はある。


いつやってくるか定かではない。

生き物なんだよね、音楽って。


人間が奏でるものだし

楽器の素材だってすべて地球出身だ


生きている人間が、生きている楽器を

心を込めて奏でるとき、

音楽は音楽でなくなる。


演奏者やリスナーの細胞の奥まで入り込み、血となり肉となる。

そして体全体を共鳴させて、空気の一部にしてしまうのだ。

もちろん、店もまた共鳴体となる。


頭の中が空っぽにならないときは最悪だ。

嫌悪感でいっぱいになる。

いわゆるストレスっていう奴らに取り囲まれて身動き取れなくなる。


そんなことは考えないようにしよう。

楽しんで演奏に没頭するんだ。

明日は永遠にやってくる。


ライブに来てくださった皆さん、どうもありがとうございました!





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